さまざまなことが議論されるが、肝心なことが抜けていないだろうか?
まず、自分に肯定感を持てること。
自分は愛されていると感じていること
困ったときは、あの人が相談に乗ってくれる。助けてくれると思う人がいるかどうか?
自分の得意なこと、いいところがわかっていること。自分に自信があること。
自分の感じた気持ちを伝えることができる人がいること。気持ちを受け止めてくれる人がいること。
自分のしたいことを聞いてくれる人。応援してくれる人。一緒にどうしようか?と考えてくれる人。
それは、自分が、安心して自信を持って、選択の自由がある。そういう生活をある程度保障されているかどうか?
自分で決めた行動に責任をとれるかどうか?
そういったことをわかりやすく伝えること
つまり、
人権教育である。
人は誰もがかけがえのない存在。
あなたは安心して、自信を持って自由に生きる権利があるんだよ。
そして、ほかの人もそれを持っている。
それを奪うものから、こうやって守っていいんだよ。
誰かと意見や気持ちが違ったら伝えあって、話し合って、折り合いをつける方法も考えよう。
そんなふうに、人との関係づくりができるならば、いじめや暴力的なかかわりをしなくてもいい。
暴力的なかかわりを選ばない大人になれるのだ。
虐めの芽を摘み取るのはそうであるが、早く発見するのは必要であるが、子どもたちを監視するようなやり方ではなく、罰を与えればいいというような方法ではなく・・・。それはまさに暴力を肯定している。
そうではなく、それぞれが持っている力を引き出す方法。
それが人権教育をすることであり、大人も子どもの人権を尊重してかかわりをするということである。
こどもオンブズマンのような制度を作ることも必要であると思う。
しつけは毅然としなければならないが、暴力なしで、それは可能であり、それこそが、人を人として、生かす道であると思う。
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