2012年11月7日水曜日

いじめには早めに警察に・・でいいのか。

学校とは、子どもたちを教育するところ。
どんな教育?
国語算数理科社会といった教科だけでなく、大人になって社会で生きていけるように力をつける、力引き出すのが教育。
いろんな知識、情報を得て、自分で選択し、自分らしく主体的に、人といい関係を築きながら
生きてくことが来るように・・・・それが教育。

そんな学校の中で、基本的な人権教育がなされていないこと、理不尽なことや暴力に毅然として「no」を言っていいことをなかなか教えきれていないのではないか。

教師自身が理不尽なことに「no]といえているか?トップは、新米の声を聞いているか?
学校の教師同士が人権尊重がなされていることがカギである。トップの価値観が職員同士の雰囲気に反映される。

それがなければ、子どもにしっかりと指導など難しい。ただ表面的に「謝りなさい」「謝った」では指導にならないことを理解するべきだろう。
子どもの味方になり、真剣に向き合い、時間もかかるし大変だろうが、関わる熱意は心に伝わる。単に「指導した」という実績つくりにアンケートをしたり、「いじめはやめよう。相談しよう」など、言葉だけでいっても始まらない。
大人側が子どもにしっかり向き合うこと、それは教師自身が自分に向き合っていなければできないことだ。
一緒になって人として、あるべきことあってはならないことを伝えたい。

子どもたちのいじめが、エスカレートする前に、警察に届けなければならなくなる前に、将来を考えた指導ができれば、今のような状態にはならないのだが・・・。

教師自身が人権教育を学ぶ。子どもの権利も学ぶ、大人として、どう関わるかの新しい価値観を学んでいかなければならないのだろう。アサーティブ、コミュニケーション力、新しい子ども観を学ぶ。
時代は変わっていっている。
多様性を認める社会、対等と尊重、人権教育、ジェンダーの問題、男女共同参画・・・・。
教師は、もっと子どもにかかわる時間をたっぷりとれるよう、事務処理などばかりに追われないように、仕事をさせてあげたい。

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