2014年12月17日水曜日

命の学習とは?

命ってなんだろう?


世界でたった一つ、ここに生きている私


それが存在するだけで、奇跡であり、幸せになるために生まれてきたってことを知る


命のつながりがあって、お母さん、おとうさん、おばあちゃん、おじいちゃん、・・・ずっと…先祖・・


だから、


かけがえのない宝物


あなたも、私も、こどもたちも・・・自尊心を育もう~


生まれてよかったって思えるように~


好きなこと


興味のあること、


やりたいことをして、そのためにいろんな学び、体験を~


自分の心と体を大切にいして生きていいってこと~


そのためにできること・・・・


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2014年12月16日火曜日

DV被害者が加害者を殺害してしまった事件

2014,9月 妻と長男が、夫を殺害。「未明によって帰った夫に殴られた」ということがきっかけととらえられるが、以前から夫の暴力が妻や長男に向けられていたという。


せっぱつまっての事件だと推測される。


もちろん殺人はよくないがそこに至るまでに殺された夫からどれほどの暴力を受けていたか?が、問題にされなければならないだろう。


被害に遭っていた妻や子どもを救えなかったことが残念なのだ。


家庭の中で、ひどい暴力があっても、またそれが長い間行われていても、夫を訴えることは困難である。


暴力行為があって、けがをしたとか、110番通報があった場合は、現行犯でなくとも、暴力をした方を束縛するべきである。
暴力行為の容疑者として、被害者に「逮捕しますか」?なんて聞く必要もなく、まずは身柄を拘束。
その後、じっくり検証すればいいのである。


被害者が逃げなければならないのではなく、加害者が拘束されなければどこにいても安心できない。また、すぐ戻ってくると思えば言えなくて当然である。


それがなければ、被害者は、家族を訴えることなどできないのである。


他人から暴力を振るったら、逮捕されるのに、身内だというだけで、逮捕されないのはおかしい。


逮捕されないとしたら未成年に限り、親の意向が反映されてもいいと思うが、その場合も専門家からの家族全体への継続する支援が受けられるようにすべきである。


社会の中の 「男が酔って少々暴力的になるのは仕方がない」といった暴力を容認する考えや「、妻は夫に従うべき」(理にかなったことならいいが)といった価値観、家庭の中の暴力は、公にするものではない、公が干渉しない考え、夫を訴えるなど論外、なんという妻だ女だといった考え・・・


被害者も悪いところがあるということはない。


もっと相談していいんだ、


自分の人権が奪われたら訴えていいんだという考えを広めていければと思う。


子どもから相談できる場もほしい。誰からも責められず、話せる場がほしい。




もっと相談していいんだという考えや、被害者は悪くないといった考え、当然、自分を守ろう、ほかの人の権利(人としての尊厳)もうばってはならないことなど…基本的な学びが欠けているのではないかと思う。


こども向けの暴力防止プログラムであるCAP(きゃっぷ)


例えば、そこではトークタイムがあり、子どもが誰にも話せなかったけど、と言って家庭の中の暴力


や性被害に遭っていることなどを話すことがある。


CAPプログラムを届けてくれる、こどもたちを対等に、尊重してかかわってくれる、


そういった寄り添う大人の存在に出会うと、話し始めるのである。


CAPでは、こどもたちはみんな「大切な権利をもっている」と教えてくれる。


それを聞いて子どもはうれしい。喜ぶのだ、「へえ~自分には権利があるんだ」と、自信を持つのだ。


そして自分もほかの人もその大切な権利を守っていい、うばわれそうになったら


こうやって守るんだと、具体的に教え、こどもの意見に耳を傾ける大人の存在に、


子ども達は、だれにも話さなかったこと、


かなしい思い、被害にあっていることなどを話してくれるようになるのである。


裏を返せば、自分が被害に遭ったことや怖い目にあったこと、つらいことをはなせる人が、周りにいなかった、話していいと思わなかったということだ。


相談や被害者支援とともに、子どもの内からの自尊感情をはぐくむ教育。


若者に人との対等で尊重しあえる教育。


DV加害者やストーカーには、校正プログラムが必要であると思う。


まちがった価値観に気づき、自分に自信を持てるようになれば、人を支配したり、きずつけたりする必要はないのだから・・・









少年のストーカー事件





少年が父親らに付き添われ、出頭。交際相手を殺害し、山中の車に放置


17歳の少年は以前も付き合っている女性と別れ話を出され自分のお腹をナイフで刺したという情報も
 当日女性と口論になり、自宅によるよう言って、自宅からナイフを持ち出したという。




2011,10月  27歳女性を殺害、宮城県蔵王町で、白骨で発見。19歳少年逮捕。


この少年と女性がネットで知り合って、同居していたという。借金を女性からしていた。


二つとも少年は女性に、お金を貸してもらうか、扶養されたような感じだったのだろうか?


付き合うにしても同居するにしても、あまりに簡単すぎないだろうか?


きちんと相手をことをわかろうとし、自分のことを知ってもらって…付き合って


大切に思って…という人との関係がないことが、残念である。


口論すれば、わからなければ、思うようにいかなければ殺すというあまりにも安易な考え・・・・・ゲームからきているのか?


ナイフが、人を傷つける武器だと思う考え。




自分への自信や自尊心、


誰かに大切にされた体験、


自分で自分の人生を歩くのだという思い・・・・いろんなものが、不足すると残念なことに。


学生時代に、人とどう付き合うか、コミュニケーションや、自分への信頼、励まし、自尊心をはぐくむ教育がされていなかったのだろうかと残念に思う。









2014年12月10日水曜日

今どきの若者恋愛事情  講座報告

私がこれまでの経験の中から知ったことなので、あくまでも私の見方。
ほんの一部であるが、述べてみたい。


歴史の中で、フェミニズム運動や黒人解放運動の流れとともに、人権に対する意識が少しづつ広まってきた。


1999年の男女共同参画基本法・・・男女とも人権を尊重され・・・


2000年  児童虐待防止法 ・・・子どものしつけと称されても重篤な障害や死に至らしめるような暴力に歯止めをかける必要から
          付きまといで殺人事件などもあり   ストーカー規制法
2001年  DV防止法
   ここにきてやっと家庭内での暴力に焦点が当たった。しかし、多くの議員の抵抗もあり、モット突っ込んだ厳しいものをと求めたいところであったが・・・・まずは「犯罪になりえる。人権侵害」という文言が、いれられたことは大きな意味を持った


このような流れの中、学校教育では男女平等となってきつつも、おしえるがわの大人がジェンダーバイヤスに染められているし、なかなか新しい価値観、人権尊重の感覚をというのは難しいのだろうと思う。


また、少年少女たちが好んでみる漫画やドラマ、ゲームなど、芸能界の出来事など、恋愛とはこういうものという刷り込みが、氾濫している。


まるで、DVをあおっているようにさえ思う。


恋愛関係になったら束縛は当たり前、今は携帯スマホを持っていない人がいないくらいだし、それで24時間監視できてしまう。


男らしくが、見直されてきている反動で、やはり男は雄々しくたくましく、多少乱暴でも、ぐいぐい引っ張ってという憧れも、1部では起きているのではないかと思う。


それが草食男子などという言葉が生まれてきた原因かもしれない。


しかしながら、いろんな選択肢が広がったのも事実で、いろんな生き方ができるようになった半面、どう生きたらいいのか迷うということにもなった。


そこで、いろんな選択肢を示して、若者に、自分は、どうありたいのか?大切な人とどういう関係を築きたいのか?考える時間をたっぷり保障したいと思う。


それがデートDV予防プログラム


県内高校生のアンケートを見ながら、デートDVの高校生カップルのDVDを見ながら、ほんの少し、実態を探ってみた。


そこで、私たち大人として何ができるか?


今回は時間がなくてそこまで行くことができず、残念であった。


時間配分をきちっとして、次回に生かしたい。


大人としてできること・・・・・デートDVについて実態を知る。
      相手と対等で尊重しあえる関係の心地よさ、お互いに成長できる関係の大切さを伝える
      一緒に考えるスタンスを持つ。自分から気づいて離れることを決められるように支える。
      専門家につながる、一緒に相談に行くなど
     いろんな視点でのかかわり~




子ども、若者たちに、たっぷりの愛情を(^^)と抽象的になってしまうが、やはり基本はそこなんだろうと思う。


あとは、私たち自身が、伝えたいこと。人としての道徳、倫理観とでもいうのだろうか?
力の強いものは弱いものに暴力なんて最低。対等な関係でこそ、喧嘩は成り立つというもの。


それと、私たち自身が学ぶ新しい価値観。


子ども、若者に対して真剣に向き合い、対等で、尊重してかかわること。
それが子ども若者自身が、他に対して対等で尊重しあえることを学ぶことになる。


私自身も日々考えながら、若い人から学んでいきたいと思っている。