2016年6月11日土曜日

乳児窒息死 事件

米沢で、生後16日の長女をゴミ箱で窒息させてしまった事件


何といたわしい




しかし、ひどいだのなんという母親だなどと、批判しても何の解決にも至らない。




まわりのちゃんとした大人が、育児をサポート、手助けできなかったのか?




17歳で、母となった少女に、寄り添う人はいなかったのか?




気持ちを聞いてあげる人はいなかったのか?




助けを求められなかったのか?




そこが残念でならない。




夫となる人は24歳。


一緒に死に至らしめたわけだが、彼もまた、未熟だったとということだろう。




本来なら、女性が出産する前後の精神的不安定をサポートする立場である。


17歳で、母となって初めての育児、


父親になってしまった自分もまたおろおろするしかなったということか?


誰かに支えてもらっていいということを、知らない…そういう発想がない若者が増えていないだろうか?


幼いころから、人と人がなんだかんだ言いながら、言い争いやけんかもしながら


子どものころから大人へと人との関係を学び、成長する機会が減っていないだろうか?


人に聞くより、自分で調べる、ネットでわかる時代。


自動でできる…そんな社会は人と人が気軽に声をかけたり、教えてもらったり、
者をたずねたりするチャンスを奪っているのかもしれない。


いや、意識して、声を掛け合いたいものだ。




17歳での出産、若い夫婦の子育て、


その両親や、周りの大人たちのサポートなしでは危ういことは、
誰か、感じていたか、わかっていただろうか?




妻も夫も、親となる覚悟がなかったということではないだろうか?




父親が放った身勝手な言葉、「泣声をなんとかしろ」


困難なことは二人で何とかしようという発想がない。


こまったことはお前のせいだお前が何とかしろ・・・これはDV加害者の特徴でもある(父親が走かはわからないが)




この若い夫婦は、自分に肯定感を持ち、それなりに幸せだと感じて、生きていなかったということ。




誰もが、かけがえのない存在なんだと、




この若い母親も若い夫も、「あなたはあなたで、よく頑張っているよね。応援するから、困ったことがあったら相談してね」




手助けするよ・・そう言った、誰かの存在があったら違っただろう~




若い夫婦が、こうなる前に、何かできたことはあっただろうか?


いろんな子育て支援や取り組みがある。




いろいろできたであろう中の一つとして、




エンパワメント山形の「ハッピーな関係作り」のような、


自分を大切にすることや、人との対等で、尊重しあえる関係作りを考えたり、


教えてもらったり、周りの大人から、学ぶことができていたら


こんなことにはならなかったのではないかと残念な思いだ。













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